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曲家 | 湯ノ花神楽 | 木遣り
| マタギ | |
舘岩村では、L字形の平面を持つ民家を曲家【まがりや】と呼び、突出部に厩を設け農耕馬と共に生活していました。他の地方と異なる点は、出入口が2ケ所あるということです。間取りは、トンボグチを入ると厩や風呂があり、奥には、座敷をはじめうわえん・したえんと居住空間となっています。座敷は、主に賓客の供応や寝室に使用され、囲炉裏のあるうわえん・したえんで日常生活を営んでいました。うわえん・したえんにある「ユルリッパタ:囲炉裏辺」ではそれぞれの座に名称があり、家人ないし客の座る場所が定められています。 座順を乱すと非難され、また客がヨコザ(上座)に座わってしまうと、その償いとして「米を一俵買え!」など責立てられたそうです。なお、曲家に限らず舘岩村の民家には、「火伏せの呪物」として、棟木に男根・女根を奉ってあるのも珍しい慣わしです。 この曲家は、今も水引集落・前沢集落で多く見られ、また、前沢ふるさと公園内にある舘岩村曲家資料館では、当時の暮らしを体験することができます。 |
舘岩村での神楽は、いつ頃から初められたかは不明ですが、ある書物から文化2年(1805)にはすでに行われていたと記されています。また、現在の湯ノ花神楽は、村の芸能保存のため昭和57年に『舘岩村民俗芸能保存会』が結成され復活したもので、三番叟・会津万歳とともに今日に継承されています。この湯ノ花神楽は、長獅子・おかめ・鍾馗の三つを中心に演じられ、なかでも長獅子は中心演技で、四方固め・幣舞・狂いの三部構成となっており、やがて、ひょっとこが登場して、観客を笑いの渦に巻き込みます。 |
南会津の奥深い山々から切り出した材木を、かつて人びとは、沢を利用し運び出しました。冬に伐採した丸太を3月下旬からの雪代水で沢に流し、舘岩川・只見川へと流れを変えて、遠くは新潟県まで運んだこともあったそうです。木遣りとは、伐採・流送作業やその時に歌われた作業歌のことで、木の大きさによって調子を変え、また場所場所により言葉を変えて行われてきました。 しかし、明治の中ごろから行われてきた木遣りも、戦後の電源開発によるダム建設やトラック輸送への転換により行われなくなりました。現在、舘岩村では、平成2年に当時経験した人びとを中心に『舘岩村木遣り保存会』を設立し、かつての山の仕事のいきいきとした音頭を今に伝えています。 |
| マタギとは猟師のことで、ここ舘岩村にある幾つかの集落の開祖は、猟師だったと伝えられており、生活・文化に深く関係しています。 マタギは、数人が組んで猟場へ出かけ、遠い猟場(「泊まり山」)へは数日間山で野宿などをして猟を行っていました。 クマ狩では、冬眠中のクマを狙う“穴クマ狩り”や4月以降に冬眠から覚めたクマを狙う“巻き狩り”などの方法により行われました。 “巻き狩り”では、大将(老練なマタギ)が指揮をとり他のマタギ達と連携しクマを仕留めました。その際には、大将の掛声や空砲または空薬莢での笛などいろいろな合図・約束があったそうです。また、仕留めたクマの四肢を結うまでに駆けつけた他の仲間は、当の仲間と同じように獲物の分配を受ける権利があるのもマタギのルールです。 現在は、鳥獣の減少等により冬季間(狩猟期間)のみの楽しみとして狩猟が行われており、本来のマタギ(専業者)はいなくなりましたが、その知恵や知識・技術は、現在のマタギ達に受け継がれています。 |
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